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おかしまつり

最近はA.B.C-ZとPerfumeが半々

空までが遠いほど片道切符を求めて

映画「WE ARE Perfume」を観た。

一応ジャニーズのカテゴリに登録したブログなのに最近半分ぐらいPerfumeのことでなんだか申し訳ない。

この映画は、昨年行われたアジアと欧米を回る三度目のワールドツアーに密着したドキュメントになっている。アメリカで行われたSXSWの映像*1から始まる映画の中では、台湾から始まるツアーをひとつひとつ真摯に重ねていく「仕事人」としてのPerfumeと、訪れた土地を純粋に楽しむ「女の子」としてのPerfumeの両方が見られる。それだけでもうこちらとしては両手放しで喜ぶ映像なのに、さらにメンバー1人1人へのインタビューも入っている。先に言う。あと2万回は観たい。

しかし正直なところ、このドキュメンタリーは「映画」としての評価は難しいものなのではないかと思っている。通常の映画にならほぼ必ず存在するであろう明確な「起承転結」がないためだ。もちろん、映像が、内容が、音楽が、人物が、何一つとして悪いわけではないし、むしろどれもが良い。Perfumeの今までの積み重ねを、仕事に対する姿勢を、しっかりと持った目標を、スタッフさんとの信頼関係を、他にも3人が築き上げてきたものをこんなに凝縮して見せて貰える2時間はないと思う。ドキュメンタリーとしては最高。

話を戻すと、この映画の「起」はもちろん台湾に向けたワールドツアーの始まりであり、そして「結」はワールドツアー最後の土地、あ~ちゃん風に言うならば「最後のプログラム」であるNYでのライブとその後の打ち上げだろうと思う。だが、この映画には「転」がない。映像には、自分たちの感じた意見を出し合ってライブを改良していく場面が何度も見られるが、ドキュメンタリーにありがちなハプニングやメンバー間での衝突はない。ただ着実にステージに立つ準備をし、最高のパフォーマンスをしようとするPerfumeの3人をはじめ振付師のMIKIKO先生やスタッフチームが写っている。拾い出すと止まらないので割愛するが、スタッフチームとPerfumeの信頼やチームとしての関係性が見えるところが2時間の中だけでも随所にあるので見てほしい。お客さんに対してと同じくらいスタッフチームにも真摯に対応している3人と、同じだけかそれ以上の愛情を仕事や言葉で返してくれるスタッフとの関係性を見ているだけで、ドキュメンタリーへの満足度は高まるし、大袈裟なようだが心が洗われるような気さえしてくる。

「起」と「結」だけが浮き上がっているこの映像の中に強いてハプニングがあると言うならば、LAでのライブ直前にPerfumeの3人に演出に欠かせないLEDが故障したという知らせが入ったときのことではないかと思う。技術サイドの話だし、もう何も打つ手がないほど本番直前だったからこそこう言ったのかもしれないけれど、あ~ちゃんは「気にしないでいい」と言った。あ~ちゃんと仲のいいことでお馴染みのハリセンボン近藤春菜さんが話すナレーションでは「今試される本当の力」という言葉が流れた。3人の姿や3人への歓声が突然にしてより際立つ状態でステージに立たなければいけないというのに、1曲目のイントロが流れ出すとあ~ちゃんとのっちは身体でリズムを刻み、ゆかちゃんは少しぎこちない様子でいる、今までの本番前の舞台袖と同じ光景だった。普段から着実に確実に準備をする彼女らが、海外だからこそより入念に準備を重ねてきたライブの、それもツアーの中でも緊張していた場所であるLAでいきなり起きた出来事だった。傍目に見るとこの場面はハプニングではあるものの、報告を受けても慌てずにスッと普段通りの平静に戻る彼女たちに、今までの踏んできた場数の多さと、そこから生まれる自分達への信頼や自信のようなものが見えた気がして、表に見える可愛いの裏に、とても強くしなやかな芯を持っていると感じた。また、ハプニングをハプニング足らしめないPerfumeは、あの可愛らしい風貌からは想像もつかないほど肝の据わった「仕事人」だと思った。

 

しかし、このドキュメンタリーではそんなキッチリと仕事をこなしていくPerfumeの様子だけが見られるのではない。同じくらい見られるのはPerfumeがナチュラルに、「普通の女の子」として振る舞っている、いわばオフの3人の様子である。ツアーで訪れた土地では美味しい物を食べ、料理とともに写真を撮り撮られ、車中の曇った窓ガラスに文字を書いたりもする。空港で出迎えてくれたファンの話を車中でする場面も教室で休み時間に話をする女の子たちさながらだった。それはメンバー間でもそのままで、のっちがロンドンで盛大な振りミスをしたときだって大きなハプニングには、映画の「転」にはなり得ない。ライブ後恒例の反省会は全く険悪なムードではなく、むしろ思い出し話し合うことで失敗を笑い飛ばすものだった。

このドキュメンタリーを見ていると、彼女たちは常に「仕事人」と「普通の女の子」の間をせわしなく行ったり来たりしているように見える。しかもそれはステージ上や仕事中と私生活とでスッパリと分かれているわけではなさそうだった。ファンとのグリーティングが終わって背中を向け、楽屋に帰りながら楽しそうに談笑しているとき、あ~ちゃんの一言で3人が急に仕事人の顔になったりする。ライブ中だって何度も顔は入れ替わり、親しみやすいMCや楽曲の時もあれば、何人たりとも手出しができないような緊張感を保ちつつ踊っているときもある。本人たちもきっと意識しないままに使い分けているのだろうが、こうも上手く器用に自分たちのペースを保ちながらキッチリと仕事をこなし、高みを目指して行けるものなのかと思う。のっちの言葉を借りるなら、既に3人ともが「細胞1つ1つがPerfume」になっているのだろうか。

そんな細胞1つ1つがPerfumeになってしまうほど、26歳という齢でありながら結成15周年になってしまうほど人生のほとんどをPerfumeとして生きてきているにも関わらず、インタビュー部分でのっちが「私がPerfumeとして踊っているから格好いいということを追求したい。自信を持ちたい。」という話をしていた。ワールドツアーの最終公演、NYでも、3人で気合いを入れたあとに誰に言うでもなく「自信持って」と呟いていた。PerfumePerfumeとしてあるのは他ならぬあの3人であるからに違いはないのに、世界に羽ばたいても尚そう思っていると知るのは、観客側からしてみると不思議な気分だった。また、3人が各々の印象について述べる場面では、あ~ちゃんは「のっちは良い意味で適当で、それが真面目すぎる私達にはちょうど良い」、ゆかちゃんは「のっちは私達ができない役回りをたくさんしてくれている」と言っていた。自分のPerfumeとしての立ち位置、存在意義に少し不安を持っているのっちと、そんなのっちを必要としている2人、こんなに儚いようで力強くて美しい人間関係のトライアングルがあるだろうか、いやない。自分のいる立ち位置に対して高慢にならず、謙虚に生きている彼女たちだからこそここまでのものが築き上げられたのだろうなとも思った。

 

今回の記事のタイトルは、この映画の主題歌でもあるSTAR TRAINの歌詞の一部から引用させてもらった。この曲はざっと歌詞を読むだけでも彼女らの今までの軌跡とリンクする部分があまりにも大きすぎて、映像で見てしまった日には彼女らの辿った軌跡を想い泣かずにはいられないようになってしまった。お世辞にも順風満帆とは言えなかった下積み時代を送ってきているだけに、この曲の歌詞が背負うストーリーの重さは計り知れない。でも、着実に目標を一つずつ叶えることで前へ前へと進もうとするだけではなく、後ろを振り返って今までを顧みるような曲を歌えるようなところまでの位置に登りつめてきたPerfumeだからこそ歌える曲だと思う。メジャー10周年、結成15周年のアニバーサリーイヤーということもあって、色々な部分で節目になっているものは多いと思うけれど、長年Perfumeの3人と共に歩んできた中田ヤスタカさんがこの曲を書き下ろしてくれたのかと思うとやっぱり涙無しには聴けなかった。

曲中の歌詞と、まさにこの記事のタイトルとも重なるようなナレーションが映画の中にあった。「スターを夢見てレッスンに明け暮れていた少女たちは、小さな目標を1つ1つ乗り越えてここにいます。」

NYのライブ直前に気合を入れるとき、あ~ちゃんはゆかちゃんとのっちの肩に腕を回しながら「こんな寒い中何時間も待つなんて相当好きよ、信じられんね」と言っていた。それは「普通の女の子」としての素直な感想のようでもあったし、その分の好きをパフォーマンスで返す「仕事人」としての決意表明のようでもあった。あ~ちゃんは本当に人の心を鼓舞させる言葉をかけるのが上手だ。広島にいたときから、歌もダンスも飛びぬけて上手くはないと思いながら、歌手になりたい夢を抱き続けてきた自分も夢を言葉にすることによって鼓舞してきたのだろうか。1つずつ夢をつかみ、シンデレラストーリーのように階段を駆け上がってきたあ~ちゃんが、この映画の「結」部分であるNYのライブ後に掲げたとても大きな目標を3人は、チームPerfumeは達成できるのかどうか。普通の女の子たちが遥かな高みを目指す後ろ姿を私は今後も追いかけたいと思う。